12月30日 日

寝て起きたら3時間過ぎていた。

胃にはまだ肉が詰まっている。胸が焼けている。冬眠明けの熊のような気分でコーヒー飲んで呆然としていると、大家がきて鶏肉と餅くれた。あと正月用の玄関飾り、と何故かミッフィーの置物。お礼にミニトマトの酢漬けとえのき漬けを渡す。あらゆる恩を漬物で返す人間である。浅井さんから連絡。北山さんといるので顔出さない?というので、夕方に阿佐ヶ谷のこたろうで会う。溝口さんもいた。昨晩とはうって変わって、ゆっくりしんみりと飲む。学生時代、絵を描いていた人々の殆どはもう描いていない。その中で描き続けている人々だ。作品のアーカイブを見せて貰った。俺もぼちぼちやっていこう、文化を手放すことは出来ない。生活もまた、文化である。23時過ぎに場を辞して、よるのひるねで一人、コーヒー飲み、門田さんと一言、二言、喋り、また来年と言って出る。部屋に戻ると日付変わってしまった。うーむ、なんと言うか、何をするでもなく、消えるようになくなってしまう一日だった。そんな一日が積み重なってそのうち死ぬだろう。死ぬまでは生きていてもまあ、いい。風呂沸かして入り、少しだけカノン。ちょっと調べものした方がいいかな、という箇所出てきたが、思い直して想像と頓知で書く。戯曲を書く前は事前に資料をいくつか読みはする。書き始めてからも机に積んではいるが、それを読みながら書くことはない。なんとなく覚えている内容だけをアタマで辿りながら書く。いい加減でいいのだ。イチイチ資料をつき合わせて書くようだとダメである。まー資料うまく使えないってだけかもしれんけども。

それにしても。セリフを書く、ということと、役を書く、ということがなかなか一致しない。俳優には、自分だけの役だ、と思って演じてほしいが、そこまでの為所を提供できているのか、というのは常に悩む。書く方は、物語全体の中で人物を配置してしまうが、その一人一人にとっては、自分の役が全てだ。なかなかうまくは書けないが、そこは忘れずにいたい。ずっと芝居続けてれば、一緒にやっていく人たちの年齢も上がっていくし、それまでは書けなかった人々が書けるかもしれない。そんな感じで、俳優に適度に依存したい。思えば8年前、澤岡さんが現れたとき、『薔薇とダイヤモンド』で初めて人物を描けた。自分の世界ではなく、俳優に興味を持った。役名に男1や女1ではなく、名前をあてた。そこから始まった気がする。忘れないでおこう。今は難しいかもしれないが、そのうち60歳とかになった澤岡さんに役を充てて書ければいい。50歳になった永井とかね。なに、どうせすぐである。それまで書いていられるよう、コソコソやっていこう。

ゆーこから連絡。昨日のライブの感想聞く。明日時間あれば蕎麦でも食べよう。

『抽象の力』読了。